「女性であること」は、あくまで無数にある自分の特徴の中のひとつにすぎない

中学生のときは、「普通の女の子」であろうとしていた。ちょっとドジで、かわいくて、男に守ってあげたいと思われるような女の子。雑誌を読んでいたから、自分もこうならないと、と思ってた。自分の意思を主張すると「強い」とか「怖い」って男に言われて、当時は「強い」って言われるのが特に嫌だった。良しとされてる「守ってあげたくなる」女の子と正反対だから。良しとされる女性の規範からはじかれていた感じがして、女としてみられてないんだ、って感じた。今はそんなに気にならないし、自分がこうありたいというのに従って生きてる。

というのも、留学してからジェンダー観が変わった。留学生の日本人からは「女じゃない」って言われたり、「強い」キャラに見られていたけど、他の留学生からはそういうことを一切言われなかった。ありのままの自分に魅力を感じてアプローチしてくれた人がいたから、自分の自信に繫がった。女性に奢る習慣がない国の人がバーで奢ってくれたときは感動したし、自分だから奢ってくれたんだと感じた。留学中の経験を通して、トレードオフじゃないんだって思えるようになった。私の「女性」という特徴と「知性」という特徴がトレードオフだって感じていた時期もあったけど、今は違う。女性であることは、あくまで無数にある自分の特徴のなかの一つにすぎない。

(20代女性)